東京地方裁判所八王子支部 昭和52年(ワ)880号 判決 1979年7月12日
原告
馬継俊子
被告
榎本幸雄
ほか二名
主文
被告榎本幸雄、同高偉哲は各自原告に対し一六三三万三五九〇円及びうち一四八三万三五九〇円に対する昭和五一年二月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
原告の右被告らに対するその余の請求、及び、被告株式会社カネ掌自動車工業に対する請求を棄却する。
訴訟費用は原告と被告株式会社カネ掌自動車工業との間では全部原告の負担とし、原告とその余の被告らとの間ではこれを三分しその二を原告の負担とし、その余を右被告らの負担とする。
この判決は第一項に限り仮に執行することができる。
事実
(申立)
一 請求の趣旨
1 被告らは各自原告に対し六二六二万九三三七円、及び、うち五六五三万九三三七円に対する昭和五一年二月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行の宣言
二 被告高及び被告株式会社カネ掌自動車工業(以下被告会社という)の答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
三 被告榎本の答弁
被告榎本は、公示送達による適式の呼出を受けたが、答弁書その他の準備書面を提出しなかつた。
(請求原因)
一 原告は、左記交通事故により、左記傷害を受けた。
1 日時 昭和五一年二月一六日午後一一時
2 場所 東京都立川市曙町一―一三―一三
3 加害車両 普通乗用自動車
シボレーISRI
登録番号 多摩33サ3900
4 運転者 被告榎本
5 事故の態様 原告が歩道上を歩行中、被告榎本がハンドル、ブレーキの操作を誤り歩道上に加害車両を突入させ、原告に衝突させたもの
6 傷害の部位程度 右下腿挫滅創、右脛腓骨粉砕骨折、両大腿挫弁創、左坐骨恥骨々折(右大腿部より切断)
二 被告榎本は、加害車両の運転者として的確にハンドル、ブレーキ等を操作して安全に運転すべき注意義務があるのにこれを怠り、加害車両を歩道上に高速度で突入させたものであるから、民法七〇九条により本件事故によつて原告が受けた損害を賠償すべき義務がある。
次に被告会社は、本件加害車両の所有者であつて、被告高にその保管をさせていたものであり、被告高は加害車両の保有者であつて、被告榎本に加害車両を貸与したものであるから、両被告はいずれも運行供用者として自賠法三条により本件事故によつて原告の受けた損害を賠償すべき義務がある。
三 本件事故によつて、原告は次のとおり合計七二九二万九三三七円の損害を蒙つた。
1 入院付添費 二八万六三五九円
原告は、本件事故による傷害の治療のため、昭和五一年二月一六日から同年四月四日まで岸中外科医院に、同年四月六日から同年六月二九日まで東京身体障害者センター付属診療所に合計一三三日間入院したもので、その間に要した付添費用
2 入院雑費 七万九八〇〇円
原告は前記のとおり一三三日間入院したので、その間の雑費を一日六〇〇円として計算
3 入院中の慰謝料 二〇〇万円
4 逸失利益 五六二三万三一七八円
原告は、行政職給料表(一)が適用される東京都職員であつて、本件事故当時は五等級八号俸を適用されていたが、本件事故により右下肢をひざ関節以上で失つた。原告は本件事故後も引続き東京都職員として勤務しているが、現状では、右足切断面に過重な負担がかかるなどさまざまの故障が予想されるので近い将来東京都を退職しなければならないものと予想される。そこで確実に勤務を継続できる時期を昭和五四年一〇月までとし、以後の賃金分の逸失利益として片足を膝以上で失つた場合の労働能力喪失率九二%を基礎とし、六七歳まで就労可能として引続き東京都に勤務した場合に適用を予想される俸給表を基準として新ホフマン系数を用いて計算すると給料分の逸失利益は別紙計算表のとおり六六九九万八二二八円となる。次に原告が満六八歳の誕生日まで東京都に勤務した場合に予想される退職金の額を退職金規定に基づいて計算すると一六五六万二八〇〇円となるので、これに前記労働能力喪失率九二パーセントを乗じ、さらに新ホフマン系数を用いて事故時における現価を計算すると五一六万四一〇七円となるが、これから昭和五四年一〇月に退職した場合に受領しうる退職金の額一八七万〇八六二円を控除すると三二九万三二四五円となる。そこで、これらを合計し、原告には昭和五四年一〇月以後もなお勤務を継続しうる可能性もあることを考慮してさらに二割を減じた額をもつて逸失利益とする。
5 後遺障害に対する慰謝料 八二四万円
原告が本件事故による前記後遺症によつて受ける精神的苦痛を慰謝するに相当な額
6 弁護士費用 六〇九万円
四 原告は、本件事故による損害賠償として自賠責保険金一〇三〇万円を受領したので、これを前項の損害に充当すると残額は六二六二万九三三七円となる。
五 よつて、原告は被告ら各自に対し六二六二万九三三七円及びうち弁護士費用六〇九万円を除く五六五三万九三三七円に対する本件事故の翌日である昭和五一年二月一七日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(被告高の請求原因に対する答弁等)
一 請求原因事実中、被告高が本件車両の保有者であり、本件車両を榎本に貸与した事実は否認し、運行供用者であるとの主張は争う。被告高は、訴外桑原勝幸に対する債権の担保として本件車両を預つていたものであり、運行供用者ではない。その余の請求原因事実は不知又は争う。
二 仮に、被告高が運行供用者であるとしても、本件事故は、被告榎本が被告高に無断で加害車両の鍵を持ち出し、乗車中に惹起したものであるから、被告高には本件事故に対する責任はない。
(被告会社の請求原因に対する答弁等)
一 請求原因事実中被告会社が加害車両の名義上の所有者であることは認め、被告会社が被告高に加害車両を保管させていた事実は否認する。その余の請求原因事実は不知
二 被告会社は、自動車の販売を業とする会社であつて、訴外桑原に対し加害車両を売渡したが、売買代金を割賦払とする約定であつたので、売買代金債権を確保するための担保として加害車両の所有権を留保していたものである。したがつて、被告会社は、加害車両の運行供与者ではない。
(被告会社の主張に対する原告の主張)
一 被告会社が自動車販売を業とする会社であつて、訴外桑原に対し所有権留保付で加害車両を販売した事実は認める。
二 しかしながら、被告会社は、訴外桑原が割賦金の支払を怠つたため、加害車両を引上げた後、被告高に加害車両を保管させていたものである。
(証拠)〔略〕
理由
一 原告と被告高及び被告会社との間では成立に争いがなく、被告榎本との間では公文書であるから真正に成立したものと推認すべき甲第一号証、第三号、原告と被告高との間では成立に争いがなく、その余の被告らとの間では原告本人尋問の結果により成立の認められる甲第五、六号証、原告本人尋問の結果に弁論の全趣旨を合わせると、原告主張のとおり本件交通事故が発生し、原告が原告主張のような傷害を負つた事実が認められ、この認定に反ずる証拠はない。
二 また、右認定の本件事故の態様によれば、本件交通事故は、被告榎本の加害車両運転の際の過失によつて発生したものであることが明らかであるから被告榎本は、民法七〇九条により原告が本件事故によつて蒙つた損害を賠償すべき責任があるものということができる。
三 次に、加害車両の登録上の所有名義が被告会社にあつたことは、原告と被告会社との間で争いがなく、右事実に、前記甲第三号証、被告会社代表者尋問の結果によつて成立の認められる乙第一ないし第三号証、被告高偉哲(但し、後記措信しない部分を除く)、被告会社代表者各本人尋問の結果に弁論の全趣旨を合わせると、被告会社は自動車の販売を業とするものであるところ、昭和五〇年二月一日訴外桑原に対し、加害車両を代金二七五万円に割賦支払手数料を加えた三〇七万四八〇〇円から契約時に支払済みの七五万円を控除した残額一六回の月賦払いと定めて売渡す契約をし、その頃加害車両を引渡したがその際、割賦金の支払を確保するため、訴外桑原は直ちに無償で加害車両を使用することができるが、割賦金の支払済みまで加害車両の所有権は被告会社に留保し、訴外桑原に割賦金の支払遅滞、信用状態の悪化、第三者への加害車両の譲渡、転貸担保提供等一定事由が発生したときは被告会社は残代金を一時に請求することができるとともに直ちに加害車両を回収し、これを正当に評価して残代金等の訴外桑原の被告会社に対する債務に充当することができる旨の合意をしていたものであること、ところが、訴外桑原は数回割賦金の支払をしたのみでその後は支払遅滞をするにいたつたので、被告会社は訴外桑原との間で残代金の支払、加害車両の回収等のための交渉をしたこと、しかし、訴外桑原は同年秋頃被告高から金員を借受け、その担保として被告高に加害車両を引渡していたこと、そこで、被告会社、訴外桑原、被告高が三者で話合つた結果、訴外桑原と被告高の側で一応売買契約は従前通りとし、残代金については被告高が訴外桑原にかわつて引続き割賦で支払うことを申出たので、被告会社は残代金の支払いさえ確保されればよいと考えてこれを了承し、加害車両を引上げることを見合わせ、引続き被告高が訴外桑原に対する貸金の担保としてこれを保管していたこと、他方訴外桑原と被告高との間では両名の間の消費貸借の際これを仲介した訴外金山某がなかに入り、事実上同訴外人が被告会社に対する支払を負担することになつたこと、そして同年暮頃までは訴外金山が被告高にかわつて被告会社に割賦金を支払つてきたが、昭和五一年一月頃割賦金の支払のために被告会社に交付されていた訴外金山振出の約束手形が不渡りとなつたこと、しかし、被告会社が加害車両の回収等の手続をとる以前に本件交通事故が発生したものであること、なお、被告会社は、売買契約の際、加害車両について交通事故による損害のための任意保険に加入していたが、本件事故時には保険期間を経過していたこと、ところで、被告高は訴外桑原から担保のために加害車両の引渡を受けた当初加害車両を使用していなかつたが、本件事故の少し前頃から訴外桑原の所在が不明となつたこともあつて、その頃から加害車両を自己のために運転していたものであること、そして、被告高と被告榎本とはかねて交友関係があつたものであるが、本件事故当日は事故現場近くのサウナ整において両名の間で二人でどこかに飲みに行くために、被告高が乗つて来て付近に駐車してあつた加害車両を被告榎本が運転して近くの駐車場に駐車してくることに相談がまとまり、被告榎本が被告高から鍵を預り加害車両を運転して駐車場に行く途中本件事故を惹起したものであること、なお、被告会社は、事故後連絡を受けて大破して現場に放置されていた加害車両を所有名義人としての責任を考えて片付けたものであること、などの事実を認めることができ、被告高本人尋問の結果中右認定に反する部分は右認定に照らしたやすく措信できず、被告会社代表者尋問の結果は全体としてみると右認定に反するものではなく、他に右認定に反する証拠はない。
右認定の事実によれば、被告高は加害車両の単なる担保権者ではなく、運行供用者というべきであり、本件事故時においては、被告榎本が加害車両を運転することを許諾していたのであるから、運行供用者として、自賠法三条により本件事故による損害を賠償すべき義務があるということができる。
しかしながら、前記認定の事実によれば被告会社は、割賦代金の支払確保のために所有権を留保し、その目的の限度に於いてのみ加害車両に対する支配を及ぼしうる立場にあつたものであるところ、本件事故当時には訴外桑原の債務不履行によりいつでも加害車両の回収手続に着手しうる状態にはあつたが、原告主張のようにいつたん訴外桑原から加害車両を回収したうえでこれを被告高に保管させていたものではなく、いまだ加害車両の回収手続に着手していなかつたものと認められるから、被告会社は加害車両の運行供用者ではなかつたものというべきである。被告会社が加害車両売買に際し、任意保険に加入していたことや、事故後加害車両の後始末をしたことは、何ら右認定の妨げとなるものではない。
四 そこで、損害について判断する。
1 入院付添費 二八万六三五九円
前記甲第五、六号証、原告と被告高との間では成立に争いがなく、その余の被告らとの間では原告本人尋問の結果により成立の認められる甲第七号証の一ないし六に原告本人尋問の結果によれば、原告は本件事故によりその主張のとおり傷害を受けて一三三日間入院し、その間に付添費用として右金額を支出した事実が認められる。
2 入院雑費 七万九八〇〇円
前記入院期間中一日につき六〇〇円として計算。
3 逸失利益 一六二六万七四三一円
既に認定した原告の傷害の部位程度に、原告と被告高、被告会社との間では成立に争いがなく、被告榎本との間では原告本人尋問の結果により成立の認められる甲第一三号証、第一五ないし第一七号証、原告本人尋問の結果、弁論の全趣旨を綜合すると、原告は昭和二四年三月二〇日生れ(事故当時二六歳)の未婚の女性であつて、高校卒業後事務職員として東京都に勤務しているものであること、被告は本件事故当時渋谷区役所を勤務場所としていたが、本件事故により右足を大腿部で切断し、義足を用いているため、遠距離の通勤にたえられず、現在は自宅近くの多摩民生事務所に勤務しているが、机を動かしたり、荷物を運んだりするには人手を借りる必要があり、また、本庁に出掛けるときは車を出してもらつたり、人に付添つてもらつたりしており、事務所のある二階への上り下りにも苦痛を感じていること、また、原告は、右足切断後、左足に大きな負担がかかるため、本件事故により捻挫した左足首にリンパ液がたまるなど、単に右足切断のみでなく種々の身体的不調を覚えており、さしせまつた退職の見込みがあるわけではないが今後東京都に長期にわたり勤務を継続できるか否かについては不安を感じていること、なお、原告は本件事故当時東京都の行政職俸給表(一)の五等給八号俸の俸給を得ていたが、本件事故がなければ昭和五一年一〇月一日に五等級九号俸に昇給の予定であつたものが本件事故による病休のため半年昇給を延期され、昭和五二年四月一日に五等級九号俸に昇給し、現在にいたつているものであり、昭和五三年度の年収は二二三万二八三五円であること、などの事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
ところで、原告は本件事故の後遺症による逸失利益は、五六二三万三一七八円になるとして詳細にわたる計算方法を主張している。そして、右認定の事実及び右認定に供した各証拠のほかいずれも原告本人尋問の結果により成立の認められる甲第一〇、第一一号証の一、二、第一二号証、第一四号証を合わせると、原告主張の計算方法によれば、ほぼ原告主張のとおり逸失利益が算出されることが認められる。しかしながら、原告主張の計算方法は、原告の年齢その他から考えてかなり不確実な六七歳までの現職場への勤務継続、現在の給与体系を不変とするなど相当不確実な要素を確定的な前提としている点や、原告の職種が事務職であり、原告の職場が東京都という比較的身体障害者にとつても勤務を継続しやすい職場であつて、なお相当期間勤務を継続しうる可能性もあることなどを考慮すると長期にわたる将来の逸失利益の算定方法としては、やや妥当性をかくと思料されるので原告主張の計算方法はただちに採用できない。
そこで、改めて原告の将来の逸失利益を検討すると、原告の昭和五三年度の年収二二三万二八三五円を基礎とし、本件口頭弁論終結時から原告が満六八歳に達するまでの三八年間稼働可能とし、この間右に認定した諸事情を考慮して平均して年収の五割を失うものとしてライプニツツ方式により事故時の現価を計算すると次のとおり一六二六万七四三一円となる。
2,232,835×(17.2943-2.7232)×1/2=16,267,431(円以下切捨)
17.2943………事故時から68歳に達するまで41年のライプニツツ系数
2.7232………事故時から口頭弁論終結時まで3年のライプニツツ系数(いずれも1年未満四捨五入)
4 慰謝料 八五〇万円
前記認定の原告の傷害の部位、程度、入院期間、後遺症、今後の見通し、年齢、性別その他本件に表れた一切の事情を斟酌すると、原告が本件事故によつて蒙つた精神的苦痛に対する慰謝料は入院分と後遺症分を合わせて八五〇万円をもつて相当と認める。
5 以上合計 二五一三万三五九〇円
五 ところで、原告は自賠責保険から本件事故による後遺症に対する補償として一〇三〇万円を受領したことを自認しているので、これを右の損害額に充当すると残額は一四八三万三五九〇円となる。
そして、右金額に、本件訴訟の経過その他一切の事情を考慮すると、原告が本件訴訟を提起遂行するために要した弁護士費用のうち一五〇万円をもつて本件事故と因果関係のある損害と認めるのが相当である。
六 よつて、原告の本訴請求は被告榎本、同高各自に対し右損害合計一六三三万三五九〇円、及びうち弁護士費用一五〇万円を除く一四八三万三五九〇円に対する本件事故の翌日である昭和五一年二月一七日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、これを認容することとするが、同被告らに対するその余の請求及び被告会社に対する請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 小田原満知子)
別紙 <省略>